Back To ヒマラヤン・シェルパ・アドベンチャー (H.S.A.)
98.2/15〜2/25
(文・写真)飯田 全子さん
一.出発まで…
「ネパールに象のサファリがあるらしいよ」
「そうなの。じゃあネパールに行こうよ」
それであっさりと決まった。さっそくレインジャケットを買い…と、準備は早々と進む。
しかし……。
「出発日いつにする?」
「うーん、仕事の関係でねー、まだわかんない」
「遅くとも2月までには行こうね」
「そうだね、考えとく」
と言っている間に、時はどんどんと過ぎていき…。
ようやく出発日が確定したのは1月の半ば。それから手配してもらうのだから、大変。その上、あれもこれも体験したいと欲張る私たち。
10日間といっても正味9日。その中で、エレファントサファリ、トレッキング、ラフティング、寺院巡りをすべてクリアできたのは、森崎さんのおかげ。(見事なスケジュールを完成させるまでに随分苦労をしていただいた)
さらに……。
実はラフティングに行きたがっていたのは直美の方で、私はそれはあまり気が進まなかった。そこで、ラフティングには直美一人で参加してもらい、その間私は、カトマンドゥで寺院巡りをし、ネパールダンス(これはどうしても見ておきたかったのだ)を観ることにした。「…というわけなんですが、別々に手配していただけるでしょうか」
「それは構いませんが、コジマさんは、一人で大丈夫ですか?」
と森崎さん。
「あ、彼女は平気です。アフリカに一人で行ったくらいですから」
そうなのだ。ジャングルに行き慣れている(?)直美と同じスケジュールをこなすのは、アウトドア体験も少ない私には無理なのだ、たぶん。
そんなわけで、ようやく最終スケジュールが決定したのは、出発日まであと10日、という頃であった。(普通は1ケ月前には決まっているものなんだけれど……)
そしていよいよ出発の日がやってきた。直美はオーストリアに住んでいるため、前日にウィーン→パリ→デリーと移動する。私は、前日の夜は関空の近くのホテルに泊まっていた。
今頃デリーに向かってるのかなぁ。
と思っていると……。
トゥルルル…「コジマ様からお電話です」
ん?
「今まだウィーンなのー。飛行機がエンジントラブルを起こして乗れなくなっちゃって、今、代わりの便を探してるとこなの」
ええっ!? また?
と思ったのも、これまで、直美がどこかへ行く度にそういうことが起こっていたからだ。しかし最後には必ず何とかなるというパターン。
「同じルートだと1週間先まで満席だから、違うルートを探してるんだけど……絶対何とかするからさ、ちょっと待ってて」
絶対何とかする。そう思ったら必ずそうなるのが直美だ。
1時間後。
「ボンベイ経由の便があったの! 到着は1日遅れるけど、これで行くから!」
ボンベイ! しかも到着は真夜中だから空港で野宿しなければならないかも、と言っていた。私ならそこで完全にくじけているだろう。一人でボンベイ空港で野宿なんて…!
しかし直美はちゃんと、私が先に泊まっているカトマンドゥのホテルへやって来た。少し危ない目に遭ったみたいだけれど。
無事でよかったよぉ。よく来たねー。
つくづくソンケーしてしまう私である。
翌朝6時。
「じゃ、行ってくるね」
直美は寝起きのままあたふたと、ラフティングヘ出かけてしまった。
またチトワンで会おう!
そのようにして、旅は始まった。
(小島直美さんのレポート:ネパールにベンガル虎を探しに行こう!の巻 をご覧ください。)
二.象とともに…チトワン3泊4日
朝もやにつつまれた草原、ほんのりと赤く染まった地平線を眺めながら、引き締まった空気の中に身を委ねる。力を抜ききると体が自然に踊り出す。宙に浮いた両足がぶらぶらと揺れる。その足先に象の大きな耳がある。
大地を踏みしめる象の足音を聞きながらもう一度、遠くを見る。日が昇り始めた。さえぎるものの何もない草原、象の背中の上で朝を迎える。なんと贅沢な、なんと優雅な一瞬だろう。
同じように人を乗せた象が、1頭、2頭、3頭…と列を作って歩いていく。その列の向かう先は、ジャングルだ。
ここはチトワン国立公園(注1)。野生生物とその生活環境がそのままに保存されている地域だ。その敷地内に宿泊施設(注2)があり、そこからエレファントサファリ(注3)に出かける。
動物を見るには早朝が一番いい。日の出とほぼ同時にジャングルに入り、1〜2時間歩く。冬は草木が枯れてしまうため、動物の数は少ないが、それでも鹿の群れやサイの親子に出合える。
ジャングル内の案内をしてくれるのは、公園内のスペシャリストたちだ。彼らの鍛えられた五感は決して動物を見逃さない。その姿がどんなに遠くに見えても、あるいはまた、野鳥が飛び立つほんの一瞬ですらも。ここで私は自分の鈍さを思い知る。
その日は長い時間、動物に会わなかった。乗り合わせた者たちは誰も口をきかない。じっと静かに、それぞれの思いの中で時を過ごしている。普段は目の高さで見ることのできない景色を、こうして揺られながら楽しむだけでも十分だ。と、私は思う。
草が踏みしめられる音と、枝の擦れ合う音を聞いてみる。その音と自分が一体となっているのを感じてみる。しかしどんなに奥深く分け入っても、自分は象の背を借りているだけの一時の旅行者にすぎなかった。守られた客席からシャチのショーを観ている、動物園の動物を観ている、その自分となんら変わりはない。
さらさらと涼し気な音がする。川だ。象は歩みを止めて水を飲み始めた。他の象も1頭、2頭とやってくる。様々な国から来た人たちがここで手を振り合い、微笑み合う。あいさつが終わると皆、象が水を飲むのをじっと見守る。「あはは、かわいいね」
平和な時間である。そんな光景をずっと見ていると、象はなんておとなしく静かな動物だろうと思う。しかし彼女たちは訓練された象なのだ。従順に、決められた通りに動く彼女たち。物言わぬ目の奥に、測り知れない優しさを感じる。大きな体に、その数千倍もの偉大さを感じる。そしてその悠然としたふるまいに、畏敬の念を抱かずにはいられない。
約1時間半のサファリを終えて草原へ出た。日はすっかり高くなっている。
「お腹がすいたね」
地に降りて、ジャングルへ戻っていく象を見送る。『やっと軽くなった』そんなつぶやきが聞こえてきそうな、後ろ姿だった。
◇◇
「ライノーは見たか。タイガーは?」
広場に戻るとスタッフ(注4)たちが代わる代わる聞いてくる。
「ノー」「ノー」
鹿に遭う確率は高いが、サイやトラとなるとそうもいかない。数が減少している上に、時期(注5)が悪い。
「ライノーを見たいよぉ。タイガーを見たいよぉ!」
連れの直美は、あちこちで叫んでいた。実は私は一足先にサイを見ている。直美が一人ラフティングに行っている間に、私は午後のサファリに参加。その途中、私たちの乗る象の前を、大きなサイが悠然と横切って行ったのだ。静かに見ている限り、サイは襲ってこない。勿論、人間は象の上に乗っていなければ危険だけれど……
サイを見た時のようすを自慢気に話すと直美はくぅぅ〜と悔しがることしきり。そのことはスタッフも知っている。連れなのに別々にこのホテルへやって来た変わった日本人、というので、私たち二人はいくらか目立っていたようだ。
◆友達はまだ来ないの?
連れがなかなか到着しないので、私は泊まる所をコテージからテントへ移されてしまった。 午後のサファリから戻ってくると…
「……テントだ。(よく聞き取れなかった)荷物をテントへ移すからちょっと待っていて。…二度も言ったんだけど……」
「???」
私はその時点では、「アクティビティに出かける時は荷物をテントへ置いていくように」と言われたのだと思っていた。その時ちょうど、日本語で書かれた案内を渡されたので、最初の説明(注6)を聞き間違えたのだと思ったのだ。
しかし荷物のことは何も書いていない。それに、特に聞き違えたような所もなさそうだ。変だな? どういうことだろう?
ぼんやりとしているうちに寒くなってきた。なかなか呼びに来ないので、『まあいいや、部屋に戻ろ』と思い、鍵を取りに行った。
「どこのコテージ(注7)?」
「PARRAKEET」
「ああ、きみは部屋をチェンジしたんだよ」
「チェンジ? どこへ?」
「テント(注8)だよ」
「ん?」
「係が案内するからついていって」
ようやくそこで、私はテントに泊まるのだということを理解した。
コテージの集まる区画を抜けて、さらに奥の方へと進んでいく。その途はその時の私にはひどく長く思われた。もう日が暮れて薄暗くなっていた。テントの中は既に真っ暗。明かりは何もない。簡易ベッドがあるのが救いだった。案内してくれたスタッフが去った後、私はしばらく呆然としてしまった。
なぜ、テントになるの? トイレは? シャワーは? もしかしてない?
少したってから、別のスタッフがランプを持ってきた。各テントに1つずつと、通路−トイレもシャワー室もあった!−にいくつか置かれた。
ややほっとしたものの、この悲惨な状況をたった一人で味わうのは嫌だ。
直美ちゃ〜ん、早く来てぇ。
気がつくとキャンプファイアーの時間だ。道に迷いながら広場まで行くと、既に半輪ができている。その端っこに、直美の分の椅子を用意して座った。
その日は、タルー族のダンスが披露された。スティックや太鼓などの小道具を使った力強い踊り。3曲ほど終わった後、思いがけず「みんなも参加しよう」のコーナーがやってきた。小道具を渡された人たちが中央に出て踊り始めた。見様見まねで、あるいは好きなように、タルー族(注9)の人々と一緒に輪を描く。私はすぐさま体がうずうずしてきた。
小道具持ってなくても、入っていいかなぁ。
「きみも踊ってきたら」
「え、いいの」
私は喜んで輪の中へ飛び込んだ。こんなに気持ちのいいことはない。あまりにもはりきりすぎて、何度も前の人の足を踏んだり蹴ったりしてしまった。
長い1曲が終わった。ここで半分くらいの人が挫折して、残ったのは10人くらい。次は小道具を使わない踊りだが、これもかなり長い。汗がどっと出て、足も少し重くなってきた。でもそんなことは気にしない。終わってみると、最後まで踊っていた客は、私だけだった。
汗も十分引かぬうちに、食事(注10)が始まった。私は一人で食べなければならなかったが、スタッフが代わる代わる話しかけてくれたので、寂しくはなかった。しかし話題になったはもっぱら、『なかなかやって来ない友達』だ。
「友達はここへ何で来るの」
「バスだと思う」
「何時頃来るの」
「さっき、10時頃って連絡があったみたいだけど」
「そんな遅い時間には来ないよ」
スタッフの一人が私をからかう。
「そんなことないよー。絶対に来るよ」
「どうやって? もう真っ暗だよ」
それもそうだが、直美は来るのだ。真っ暗だろうが何だろうが、途中であきらめるような彼女ではない。
テントに戻った後は、一人寂しく直美を待った。
暗く、静かな夜だった。
わずかな光をたよりに洗面所まで歩く。途中で立ち止まり、くるりと回ってみた。特に変わったところはない。ジャングルの闇がそこにあるだけだ。それから顔を上に向けてみた。驚くほどの星の数。こんな星空は見たことがない。
こんな夜も悪くないな。そう思った。
顔を洗っていると、数人の話し声が。
もしや。
イイダちゃん!
あー、やっと来たぁ。
やはり彼女は来た。来るはずのバスが来ず、仕方なくヒッチハイクをして、川を渡り森を抜けて、ようやく辿り着いたのだと言う。何があっても最後にはうまくいく−直美の旅はいつもそうなのだ。
アウトドア経験の少ない私にとって、アフリカ一人旅もやってのけた直美は心強い存在だ。「靴はテントの中にしまいましょう。ジャングルでは何が起こるかわかりません。雨が降ると大変なことになってしまいます。動物に取られてしまうこともあります」
あ、なるほど。
そんな私も、一晩、ジャングルのテントに泊まり、外のシャワー(注11)を浴びたら、テントで過ごすのが逆に楽しくなった。天気も申し分ない。
「Wow! It's lovely weather!」と変に調子づいてしまって大はしゃぎ。洗面所で洗濯をし、ロープに干すとますます気分が盛り上がる。その様子を見ていた他の日本人客によれば…
「それぞれ一人旅をしてて、好んでテントに泊まっている、すごい日本人、と噂してたんですよ。だって、楽しそうに洗濯物まで干していたし」
「僕なんか、男として恥ずかしかったですよ。女の子がテントに泊まってるのに、男の僕はコテージで楽に泊まってるから…」
そんなふうに見えていたのね…。
◆われらも象使い!
2日目の午前中は、エレファント・ブリーフィング。ジャングルの中の小さな広場に、一番おとなしいバチュカリという名の象が連れて来られる。バチュカリを囲んで、象についてのいろいろな説明を聞くのだ。体のつくりとその役割について。習性。歴史。そして訓練方法(注12)など。その間、バチュカリは木の実を草で包んだ餌(注13)をもらっている。
説明が終わると、なんと嬉しいことに、希望者はバチュカリの背に乗ることができると言う。
はーい、乗りたーい。
すぐに手を挙げる私たち。
まず象の前に立つ。その鼻に右足をかけ、両耳をつかむ。そうすると象は鼻を上げてくれるので、その勢いで頭の上にえいっと座る。そのままでは向きが逆なので、そこでぐるりと180度回転しなくてはいけない。これが簡単そうで難しい。両手を軸にして腰を少し動かせば簡単に回れるのだけれど…。ここで私は、運動神経の鈍さを思い知った。
やっとのことで座り直すと、バチュカリが木の棒をはさんだ鼻を挙げて、『早くぅ』と言いながら(?)待っている。『あ、ごめんなさい』と、少し前に乗り出して棒を受け取る。バチュカリの頭の真ん中をトントンと叩いてみた。これが「前進!」の合図(注14)なのだ。
これだよー、これがやりたかったんだよー。
しかしその時は感動している余裕はない。象の背は思ったより高く、おまけに揺れが大きいので、けっこう怖いのだ。
降りる時もまた大変。まず象の左側に両足を降ろす。するとバチュカリは左前足を上げてくれるので、そこに右足を置く。しかし…よほど足の長い人でない限り、象の背にお尻をのせたまま足をかけられそうにない。ここは思い切りが必要だ。足をかける動作はしてみるのだが、お尻を滑らせたらそのままズルルルッと落ちるだけ。
ひえ〜。ストッ。
降りるのはあっという間だった。
私たちを含めて10数人がトライした。アメリカ人のおばあちゃんも挑戦したが、鼻に足をかけてえいっと上がるところで転んでしまった。
「がんばれ、おばあちゃん!」と皆が声援を送るが、おばあちゃんはあきらめてしまった。なんとも残念そうな様子だ。するとなんと! バチュカリは足を曲げてその場にしゃがんだのだ。
How gentle!
驚きや感嘆の声とともに、拍手が沸き起こる。
Come on! Let's go!
皆の声援で、再びおばあちゃんはバチュカリの前へ進み出た。もう楽に乗ることができた。
それからバチュカリは、ゆっくりと、真っ直ぐに起き上がる。さらに大きな拍手。木の棒を手にしたおばあちゃんは、とても嬉しそうだった。そしてまた同じように、バチュカリはゆっくりと座って、おばあちゃんを降ろした。
感心したようなため息がいくつも聞こえてきた。
What a patient girl!
それはそれは辛抱強く、一人一人を背に乗せて楽しませてくれた、バチュカリだった。
◆ああ、このまま眠ってしまいたい!
「象使い」を体験した後は、カヌートリップ&ジープ・サファリ(注15)。
まずジープに乗ってラプティ川(
注16)まで行き、そこからカヌーに乗る。スタッフの人が漕いでくれるので、私たちは悠々とただ座っていればよかった。鰐がいるぞーと驚かされたが、そんな影は全くない。キラキラと輝く川面を追いながら、柔らかな風を感じ、心地よい揺れに酔いしれた。ふと岸を見ると珍しい水鳥が。
双眼鏡、双眼鏡。……(鳥を探しているところ)あれぇ、いないなぁ。…あっ。
いつのまにか水鳥は別の場所に移動してしまった。水鳥がいなくなると今度は、水面を叩いて遊んだ。
ピチャ、ピチャ、ピチャ。
ふいにカヌーがカーブをきる。
ザザッ。ひゃ〜。
ここは体もいっしょに傾けて、水しぶきを浴びるのだ。
うーん、気持ちいい。
このまま眠ってしまってもいいなぁと思っているともう岸辺に着いてしまった。
カヌーを降りてみると水が少しだけ入ってきていた。水浸しになってしまったカヌーもあった。皆が降りた後、スタッフがその水を汲み出していた。日暮れ時で、カヌーの先が赤みを帯びて見えた。岸辺には小さな虹ができていた。
カヌーを降りたら、ジープに乗りジャングルを走りながら、動物ウォッチング。途中、ジープを降りてニシキヘビを見に行った。しかし私がそこに着いた時には既にヘビは巣の中へ。 ま、いいか。ヘビは別に好きじゃないし。
さて、広場(注17)に戻るとそこにはおいしいケーキとコーヒーが待っている。山々と草原を見渡す広場のウッドチェアに腰掛けてぼうっと過ごす、このひとときがたまらない。
1時間ほどで、キャンプファイヤーが始まった。この日はスライド上映。ジャングルに住む野生生物のスライドを見ながら、説明を聞くのだ。
食事が終わり、少し談笑をしていると、9時近くになる。普段ならまだ仕事をしているくらいだが、ジャングルではもう寝る時間。
おやすみなさーい。と言ってコテージ(二人になったのでテントからコテージに戻してもらった!)の鍵を取りに行くと、他の日本人客(同じ年くらいの男女)と一緒になった。
「あ、一人旅の人…?」
「え、違うんですよ。二人一緒なんですよ。実はこれこれこういうことで…」
「あぁそれで寂しそうにしてたんですねー(これは私のこと)」
「ちょっと座って話しましょうよ」
それから話は延々と2時間も…。
これまでの旅の話、この後の旅程、(彼女たちはポカラ(
注18)−チトワン−カトマンドゥ、私たちはその逆だったので、情報交換もできた)などなど。それから…「30年後、子供を連れてまたここに来よう!」などと無謀な約束までした。
はっと気がつくと11時前。ジャングルではもう十分に遅い時間であった。
私たちと同じ日にここへ来た人たちはほとんど、次の日の朝早く帰ってしまった。2泊3日が一般的なのだ。
友達になったばかりのSさん、Iさんと別れを惜しんで、彼女たちを見送った。他にも、少しずつ言葉を交わした、アメリカ人の老夫婦、イギリスで農場を経営しているという親子、ドイツからインドをまわってきたという、団体さん……みんなその日にさよならした。(注19☆観光客の顔ぶれ)
◆サイの親子に会ったよ!
3日目の早朝は、滞在最後のエレファントサファリ。まだトラは見ていなかったし、直美の方はサイもまだ。
スタッフたちにGood luck!と言って見送られ、最後の象−これがバチュカリだった!−に乗り込んだ。
「ライノー! タイガー!」
叫んだって出てきてくれないのだが、叫ばずにはいられない直美。
いつものように、草原を通ってジャングルの中へ。しかし何か様子が違う。御者は象をくねくねと歩かせて、どんどん奥へ入っていく。
どうやら、私たちのためにサイを探してくれているらしい。突然、スタッフが象の背から降りて走り出した。しばらくすると戻ってきて、手招きする。
向こうの方にサイがいるようだよ。
「えー本当? やったぁ!」
スタッフの勇気ある行動に感激!
「静かに」
緊張の一瞬。
ほら、そこに。
サイの親子がすぐ横を歩いている。子供は…ちょこちょこっと母親の後を一生懸命ついていく。その様子がとてもかわいい。その子供はおそらく生後3ケ月ぐらいだろう、と言っていた。もっと見ていたかったが、子連れのサイを刺激してはいけない。
これでサファリは終わった。
もと来た草原を抜けて、乗降地へ戻る。そしてバチュカリの背から降りた。
本当に楽しかった。ありがとう、
バチュカリ、そして他の象たち。
そこには、いつもと同じように務めを終えて、いつもと同じようにゆっくりと、変わらぬ表情で、自分の場所へ帰っていくバチュカリの姿があった。
◆タルー族の村で大騒ぎ
サファリは終わったが、まだまだわくわくする体験が待っていた。
朝食の後、私たちはタルー族の村を訪れた。そこはホテルからジープで20分ほど。到着すると、子供たちをはじめ大勢が私たちを出迎えてくれた。
そこで、スタッフが村の暮らしや習慣などについて説明をしてくれる。そして実際に家(注20)の中に入ったりもできるのだ。
そこには余分なものは一切ないように思えた。あらゆるものが暮らしに役立ち、そのすべてが自然の一部であるように見える。一番驚いたのは、家に窓がないことだった。それでも中は「ひや〜」という音が聞こえてきそうなくらい涼しい。
ある家の軒先には、ゆりかごの中で赤ちゃんが眠っていた。赤い布をかけられた赤ちゃんを覗く私たちに、お母さんは恥ずかしそうな笑みを向けた。
村のすぐ隣には小学校がある。野外教室と、小さな校舎、そして広い原っぱ。校舎の窓から、好奇心いっぱいの可愛い顔がいくつものぞいている。
ここでスタッフが子供たちにノートと鉛筆を配り始めた。村を訪問させてもらっているお礼、ということらしい。
ここではノートと鉛筆は高価なものなので、子供たちは皆、小躍りしてそれをもらいにくる。そしてもらったノートと鉛筆を、しっかりと大切そうに握りしめていた。
最後に私たちはある提案をした。ここにいる子供たち全員に集まってもらい、集合写真を撮ろうと。先生は快くOKしてくれた。
「ワーワー」という元気な声とともに、出てくる、出てくる、えーこんなにどこにいたのーというくらい、すごい数だ。それでもあっという間に、きちんと整列したのには驚いた。先生が指示しなくても、一人一人が写真に映れるように並び、期待でわくわくしたような顔で、こっちを見ているのだ。
じゃあみんな手を振ってー。
手を振るとともに歓声があがる、その声もいっしょにカメラにおさめた。もちろん、後で私たちもその中に入り、一枚撮ってもらった。
それで子供たちとはお別れした。
写真送るからねー、待っててねー。
ジープが走り去るのを見送ってくれる子供たちに手を振った。
◆クマが出るかも…
午後のアクティビティは「ネイチャーウォーク(注21)」。今度は自分の足で、ジャングルを歩くのだ。出かける前にスタッフが、「タイガーに会えるといいね」と笑っていた。直美は本当に会いたいと思っていたようだが、『歩いてる時にばったりなんてことは遠慮したいな…』とひそかに思っていた私だった。
さて、スタッフの案内のもと、ジャングルへ踏み出す。
「クマが出る可能性があるから、姿を見つけたら木に登るように」
えっ、そうなの? 木登り…できるかな…。
しかしそんな心配は無用だった。
クマどころか、トラにもサイにも会わなかった。遠くの方に鹿をちらりと見たのと、日本では見られない鳥を見たくらい。
しかし、大きなサイの足跡と、雌トラの足跡は見た。
「たぶん、昨晩以降ここを通ったんだろうね。まだ新しいから」
「タイガー……」
足跡だけでは物足りない、直美のつぶやきであった。でもこの時期、トラの足跡が見られるだけでもめずらしいのだそうだ。
◆さようなら、チトワン
そうして1日があっという間に過ぎていった。いよいよ出発の朝。
最後は、バードウォッチング(注22)。双眼鏡だけを持ち、1時間ほど浅いジャングルを歩く。2〜3人のガイドに、15人くらいがぞろぞろとついて行った。
先頭のガイドが立ち止まると、皆一斉に、同じ方を見る。
「あの太い木の2本手前の木の上の方、枝がこう分かれているその先に、小さいのがいる」というふうに、詳しく説明してくれるので、たいていの場合はそれですぐ見つけられる。
ところが私は違った。もう皆が見終わって次を目指そうという頃にようやく発見するという情けなさ。一度は、直美にも何度も説明してもらって双眼鏡を覗いても、全くキャッチできず、ガイドの人に双眼鏡を動かしてもらってようやく見えた、ということがあった。ここでも、自分の鈍さを思い知る私であった。
楽しかったねー、と悠長に帰ってくると、「早く!」と急かされた。バスの時間まであと40分、というのだ。バスに乗るのは、ここから30分ほど行った村のバス停。
それは大変。最後のあいさつもそこそこに、ジープに乗り込んだ。
ジャングルを抜けてラプティ川を渡ると、道路に出る。川にさしかかると、岸辺で洗濯をしている村人に会った。
「おはよう」と挨拶して、通り過ぎる。
そこではいつもと変わらぬ1日が始まろうとしていた。
つづく
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